日本で実際にあったお話です。静岡県伊豆半島の東海岸に富戸というところがあります。ここは、いまでも、漁港にイルカを追い込んで捕殺する「イルカの追い込み猟」※が許可されている数少ない場所のひとつです。
1996年10月17日、イルカの追い込み猟が、この富戸で行なわれました。当時、富戸では、ハンドウイルカ、スジイルカ、マダライルカを捕えたり、殺して肉にしたりすることが許可されていました。しかし、オキゴンドウを捕殺することは許されていませんでした。殺したり捕えたりできるイルカの種類と、頭数には制限があったのです。
しかし、日本政府(水産庁)と静岡県は、富戸の漁師にそのことをはっきり知らせていませんでした。また、イルカ猟の違反を防ぐために監視をすることになっていた静岡県の職員は、イルカ猟に立ちあっていませんでした。そうした中で、捕獲を許されていないオキゴンドウが少なくとも5頭殺され、さらに6頭が生け捕りにされて二つの水族館に売り払われるという違反行為が起きました。そして、現場でイルカ猟を取材していた市民団体によって違反が明らかにされました。市民団体は不法に捕えたオキゴンドウを、元の海に戻すことを強く求め、結局、10月31日に、6頭のオキゴンドウが富戸の海に放されました。
その日、オキゴンドウは、1頭ずつ吊り具(イルカの胸びれが出るように胸びれの位置に穴をあけた担架)に入れられ、クレーンで水深5メートルの海に下ろされました。そして、海に入った水族館のダイバーが海中で吊り具を外して、1頭ずつオキゴンドウを海に放しました。作業を始めたのは午前9時14分で、最後の6頭目を放したときは、午前9時58分になっていました。約40分かかって、全員が海に放されたことになります。
最初に放された2頭は、あたりをうろうろと泳ぎ回っていて逃げていきませんでした。3番目に放されたオキゴンドウは、一度は泳いで行ってしまいましたが、また、戻ってきました。そして、最後に6頭目が放されるまで、全員が仲間を待ち続けました。そして、6頭そろうと、いっしょにかたまって、あたりを泳ぎ回り、それから、6頭連れだって沖へ泳ぎ去りました。
オキゴンドウは遊び好きで、よく船首や船尾の波に乗って泳ぐことが知られていますが、仲間との絆が固いことでも知られています。
富戸の港には、1978年にも40頭のオキゴンドウが追い込まれています。この時は、まだ何の規制もなく、漁師はどんなイルカでも好きなだけ捕まえることができました。(日本政府が、捕獲するイルカの種類や頭数を制限したのは、1993年になってからのことです。)
富戸の漁師は水族館にオキゴンドウを買ってもらいたいと思い、港にオキゴンドウを閉じ込めたまま、何日も水族館と交渉していたそうです。ところが、その間、毎晩、閉じ込められたオキゴンドウの仲間が30頭も富戸の港の入口まで迎えに来て、港の中のオキゴンドウとキーキーとなき交わし続けたということです。
漁師の中には、その声を聞いて、心を動かされ、涙した人もいたということですが、オキゴンドウが海に返されたという記録はありません。